基礎科学研究紹介教員紹介原田 融
教授 原田 融

最適化された歪曲波インパルス近似による核反応の理論的研究

歪曲波インパルス近似は、陽子-原子核の準弾性散乱や非弾性散乱をはじめ、核物質中でのハドロン生成、ハイパー核の生成など、中高エネルギー領域における核反応を理論的に記述する標準的な方法である。そのため、実験データの解析、実験提案の基礎計算や予測計算にも数多く用いられている。例えば微分断面積のスペクトルは、この近似によって、

と表すことができる。ここでは散乱(反応)の素過程の微分断面積、は応答関数(強度関数)である。の評価には、散乱行列として、と自由空間のt行列に置き換えたり、媒質効果を考慮してとg行列に置き換えたり、核内核子のフェルミ運動によるフェルミ平均や、最適な因子としてくくり出す最適運動量近似が用いられている。一方、応答関数は、原子核(広くはハドロン多体系)の状態に関する情報を含んでいる。精密な実験データのスペクトル解析から物理的に確かな結論を導き出すためには、データとの詳細な比較・検討が要求される。や入射・放出粒子の歪曲波、応答関数の改良にとどまらず、インパルス近似の枠組みまで見直しや再検討が必要になると思われる。

最適フェルミ平均の方法の提唱

最近、高エネ研(KEK)で行われた反応や反応によって得られたハイパー核の生成スペクトル(Saha・野海他, Phys. Rev. C70 (2004) 044613)に対して、フェルミ平均に最適化を取り入れた最適フェルミ平均

を行い、ただしは核内核子の運動量密度分布であり、それを素過程のt行列として用いることによって、実験データをきわめて良く再現することに成功した[1]。

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図:原子核を標的にした反応のインパルス近似の概念図

現在建設中のJ-PARCやDANEやJ-Lab、Spring-8における実験でも、ストレンジクォークを原子核に埋め込むことで、ハドロン多体系からさらにはクォーク多体系としての構造を解明することを目指している。さらに、中性子星や高密度核物質、宇宙での暗黒物質など、ハドロン物理や宇宙物理にも関連する重要なテーマである。そこでは、さまざまな核反応過程を駆使して、ハドロン・クォーク多体系とする原子核のエキゾチックな状態を探索・発見・検証することから、スペクトロスコピー(分光学)と核反応の理論的研究が不可欠である。

論文
[1] T. Harada and Y. Hirabayashi, Nuclear Physics, A744 (2004) 323-343.

反応スペクトルよるポテンシャルの決定

「最適フェルミ平均の方法」の基礎を確立し、これを出発点に理論的枠組みの発展を図るとともに、最適化された歪曲波インパルス近似の理論的枠組みの再検討とさまざまな核反応過程への適用を行うことが望まれる。また、まもなくJ-PARCやDANEなどで蓄積される実験データを解析するために、信頼できる理論的枠組みを確立することは重要である。そのひとつがスペクトルの理論解析への適用であった。その結果、反応スペクトルと原子X線データを同時に説明することに初めて成功し、ポテンシャルの性質を決定できることを示した[1,2]。この方法によって、他の実験データからでは明らかにされなかった粒子と原子核の相互作用を決定することができるようになったのである。さらに歪曲波インパルス近似を越えた理論を構築することができれば、量子系の散乱理論一般の発展にも貢献することになる。

論文
[1] T. Harada and Y. Hirabayashi, Nuclear Physics, A759 (2005) 143-169.
[2] T. Harada and Y. Hirabayashi, Nuclear Physics, A767 (2006) 206-217.



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