歴史学という文系の学問分野に、理系の情報処理技術を導入することで、史料が全て揃っていなくても、過去の事象を復元することができます。
加藤研究室では、研究の支援システムの開発研究として、歴史学の仮説の傍証となるシミュレーションに取り組んでいます。
歴史学の担う役割は、遺跡発掘や古文書等の史料に基づき史実を明らかにすることです。しかし、史料が全て揃うことはなく、不足部分が歴史の空白となり、仮説の立証を阻む壁となります。この問題を解決する方法のひとつが、シミュレーションです。現存しているデータに基づき、欠けている部分を復元することで、全体像を捉えることができます。
加藤研究室では、日本の近代化へと繋がる江戸時代の人口移動を探るために、江戸幕府による「宗門人別改帳」や寺院の「過去帳」、明治初期に作成された「旧高旧領取調帳」に、電子地図を組み合わせ、移動に伴う負担を地形や交通の整備状況、村落相互の関係から設定して移動経路を探索。婚姻や奉公等での、人口の流出入を可視化・シミュレーションする「江戸時代における人口分析システム(DANJURO)」を開発しました。歴史人口学の分野では、世界最初のシステムです。
さらなる発展系として加藤研究室が取り組んでいるのが、遺伝的アルゴリズムを使った種痘医の施療日程シミュレーションです。このシミュレーションでは明治8(1875)年春に足柄縣足柄上郡の村で作成された「種痘人取調書上帳」を史料として、ある仮説の傍証を試みています。この年、実施された天然痘ワクチン(種痘)の普及が、近代日本の人口増加の一因となっているのではないか?という仮説をワクチン接種の日程を復元することで、裏付けしていくというものです。
現存する9村の史料をベースに、94村からなる区域の村落間の経路や、接種と検診の時間の設定を行い、種痘医がどのような日程で何人にワクチン接種を行ったのかを探索。
これまで明治8年1月末から5月末までの4ヵ月間で25歳未満の全年齢階層に接種したと推定されていましたが、シミュレーションでは60日間でも実行可能という結果も得られています。シミュレーションはひとつの事象が歴史にどんな意義を与えるかを摸索する思考実験ツールなのです。
加藤研究室では、他にもシミュレーション技術を駆使して発掘された弥生時代の須恵器(食器などの土器)の欠けた部分の復元や、地理情報と実験を組み合わせて紀伊半島から江戸へと点在するノロシ通信施設仮説の検証などを行ってきました。
現存するデータから見えない部分を復元する技術は、現代のデータから未来を見通す技術にもなります。「こんな要因によってこんな結果になる」という人文系の仮説を支える、新たな研究手法は今後も次々と誕生しそうです。
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