私たちの身体は、体内に入った異物を取り除こうとする「異物反応」を起こします。しかし、人工物であっても「異物反応」を起こさない材料があり、医療の分野で応用されています。
生体にとって「異物」の判断基準とは何なのか? 森田研究室はその謎に迫っています。
花粉症で涙が止まらなくなったり、目の中でコンタクトレンズが汚れてきたり。これらの反応は、「異物反応」といい、侵入してきた異物から自らを守るための身体の働きです。医療器具や医療機器の性能を向上させるのに、異物反応を起こさない材料を開発することは大きな課題でした。その中で生体親和性の高い材料として、多種多様な高分子材料が開発されてきました。
たとえば、コロナ禍で有名になったECMOには、PMEAと呼ばれる高分子材料がコーティング剤として使われています。内部をPMEAでコーティングされたチューブは、血液中の生体分子や細胞に異物と見なされないため、血栓ができることなく、円滑に血液を循環させることができます。
PMEAが開発されたおかげで、医療は異物反応を大幅に克服することができました。しかし「なぜ生体はPMEAを異物と見なさないのか」は、まだはっきりとわかっていません。そこで2001年、根本的なメカニズムの解明に向けて九州大学の田中賢教授と本学・森田教授による共同研究が始まりました。
田中教授は生体内の水に注目し、「同じ化学式で示されるH20であっても、細胞を取り巻く水とコップの水とでは性質が異り、PEMAは細胞を取り巻く水と同じような性質を持つため、生体から異物だと見破られないのでは」と推論しました。そして、この特質をもつ水に「中間水」という名前を付けました。
中間水の特質は、材料表面で水が生体分子と同じように「強すぎず、弱すぎずに捕まった状態」だと考えられます。しかし当初、学会でも「中間水など本当に存在するのか?」と、怪しむ声が多かったといいます。そこで、この仮説を裏付けるために、日本屈指の分析技術をもって研究に挑んだのが、森田教授です。
水分子がある物質に結合した状態を「水和」といいます。森田教授は、田中教授が熱分析によって分類した「自由水」「中間水」「不凍水」が、それぞれどのような水和構造であるかを、in situ ATR-IR法という赤外分光法を使って調査。界面に赤外線を当て、そこで得られたスペクトルの変化を、機械学習でデータ解析しました。
その結果、PMEAの界面では中間水が「メトキシ基に緩く水和」していることが解明されました。そして、この中間水は生体親和性に優れたPMEAの界面には存在しますが、生体親和性に劣る材料表面には存在しないことも明らかになりました。
人工物でありながら生体親和性が高いPMEA。その秘密が中間水を生じさせるということにあるなら、中間水は生命現象と深く関わっていることになります。森田研究室では、高い分光分析・データ解析技術で「生命を生命たらしめているもの」の解明に向けて研究を続けています。
森田研究室は、多様な共同研究にも積極的です。
人工透析の負担を軽くしたり、海水を真水に変えたりできる透過膜、水の抵抗を少なくする繊維素材の開発。さらには有機溶媒を使わず、生体と同じく水系合成で環境への負荷を下げる工業合成技術など、水には未来を劇的に変える可能性が秘められていそうです。
各種取材や研究に関することなど、
お気軽にお問い合わせください