SUGIMURA Hiroko
共通教育機構 英語教育研究センター 教授
修士(文学)
奈良女子大学
英文学 / 読者反応理論
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恩師からのおみやげがきっかけで、イギリスをはじめ海外に行く度にご当地のティータオルを買い求め、現在コレクションは30枚ほどに。それぞれの図柄から、土地ごとの歴史や文化に関わる情報を知ることができます。
豆乳で作る自己流ミルクティーや甘酒を賞味する週末や、散歩が大好きな柴犬とのそぞろ歩きがほっとするひとときです。

 

先人の影響を受け、後進に影響を与える作家たち 
文学をより深く味わうために細部に注目

文学作品には、単にストーリーの面白さを味わうだけでなく、歴史的な背景、その時代の文化や暮らしについて知り、情景を想像し思いを馳せるなど様々な楽しみ方があります。
杉村教授は、19世紀の女性作家・ブロンテ姉妹の研究を通じて、1つの作品が以後の作品に与える影響や語りの技巧、翻訳のあり方(言葉が与える影響や言葉が持つ意味の変化)など、様々なアプローチで文学の研究を続けています。

『ジェーン・エア』と『赤毛のアン』
世紀をまたいだ2作品の関係とは?

『ジェーン・エア』は1847年にイリギスで発表された小説で、作者はシャーロット・ブロンテです。孤児ジェーンが教育を受け、やがて住み込みの家庭教師として雇われ、その家の主人と階級差を乗り越えて結ばれるまでを描く小説で、当時の社会に大きな反響を巻き起こしました。

この小説から60年以上を経て、1908年にカナダでルーシー・モード・モンゴメリによって発表された小説が『赤毛のアン』で、孤児アンが養父母に引き取られ、大学に進学後、校長となり、やがて結婚、母となる物語が綴られていくシリーズ化された作品の第一作目です。

ある文学テクストと先行するテクストの関係の有り様を「間テクスト性」と呼びますが、杉村教授はこの観点から『ジェーン・エア』と『赤毛のアン』との関係の深層を探っています。ジェーンもアンも当時の女性の常識を打ち破る行動や考え方を持ち、両作品ともに「ビルドゥングスロマン」と呼ばれる精神的成長をたどるプロットでありながら、作者が良きものと肯定していると考えられる主人公の本質は変わらないことなどの共通点があります。またブロンテは『ジェーン・エア』の出版当初、性別がわかりにくいカラー・ベルと名乗っていたことから、当時の女性作家への偏見や女性一般の生きづらさが察せられ、杉村教授はモンゴメリが愛読書『ジェーン・エア』のうちにその思いを感じ取っていたのかもしれないと指摘しています。

ハワースにはブロンテ姉妹が暮らしていた牧師館がBrontë Parsonage Museum(ブロンテ牧師博物館)として残っており,その裏手には『嵐が丘』の最後の風景を思わせるのどかな風景が広がる.パブ『The Black Bull』は,シャーロットの弟ブランウェルが飲んだくれていた場所.(写真撮影・提供:杉村教授)

緻密に練り上げられた『嵐が丘』
時代によって変化する言葉の意味

シャーロット・ブロンテの妹であるエミリー・ブロンテの唯一の長編小説『嵐が丘』は、2つの屋敷で起きる愛と復讐の物語で、発表当時は非道徳的で不気味だと評されました。しかし、20世紀に入ると、高く評価されるようになります。

杉村教授は『嵐が丘』の物語を魅力的に展開する語りの技巧に注目しています。『嵐が丘』では家政婦ネリーが「嵐が丘」という屋敷にまつわる過去を語り、都会からやってきた青年がその話を聞き、日記に書き記すという形式が取られています。「信頼できない語り手」とも言われるネリーによる一人称の語りはときに事実に歪みをもたらしている可能性がある一方で、ネリーによって語りの技法である“showing”(情景)と“telling”(要約)が巧みに使い分けられているため、登場人物の間に吹き荒ぶ心理的な「嵐」が強く印象づけられています。

また原作とつきあわせて翻訳を注意深く読むことで気がつくことがあります。たとえば、「嵐が丘」屋敷の入り口上部に施された彫刻は“grotesque”という言葉で表現されています。屋敷が建てられた1500年という年代に照らせば、この言葉は奇妙な形をした人や動・植物をモチーフとした装飾紋様を指すと考えられますが、『嵐が丘』は1801年を起点とする物語です。さらに今日では“grotesque”といえば専ら「怪奇な」と理解されるように、この言葉は時代とともに意味が拡張していったため、杉村教授はときに文学作品には的確な翻訳の難しさが伴うことを指摘しています。

Zamperini, A (2008) Ornament and the Grotesque (p.101)に拠るグロテスク模様の一例.“grotesque”という言葉はイタリア語の“grotto”(洞窟の意)に由来する.15世紀後半に洞窟の遺跡で発見された宮殿ドムス・アウレアに施された装飾模様がグロテスクと呼ばれるようになった.

教育に資する文学、思考力の涵養

文学作品を理解する過程において、例えば、読者は次々と与えられる情報を基に文脈を構築したり、物語世界に浸りつつも、自らの理解や解釈を客観的かつ論理的に検証したりと、実にさまざまな高次の思考を働かせています。
杉村教授は、文学を通じて思考力を高める教育についても研究しています。

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