20世紀を代表するアメリカの小説家アーネスト・ヘミングウェイ。現代でも読み継がれる作品や、そのライフスタイルに魅かれたファンが、世界中に数多くいます。
上垣教授は、彼の作品をさまざまな角度から分析。さらに日本文学との比較からも「作家と作品」にアプローチしています。
小説『老人と海』は、ノーベル賞作家・ヘミングウェイの代表作として、映画化もされた、最も有名な作品のひとつです。
上垣教授は、中学生の時にこの小説を初めて読み、大きな感銘を受けました。福⽥恒存の翻訳版で描かれた、南米キューバの漁師たちの暮らしぶり。大海原で老人がカジキマグロと死闘を繰り広げる物語に、日本文学にはないスケールの大きさを感じたといいます。上垣教授は、この『老人と海』をテーマに様々な角度から作品研究を続けています。
たとえば、作品中で主人公の老人が幾度となく見るライオンの夢。そこには、作家の何かしらの意図やメッセージが込められているのでは?と考え、フロイトの夢分析に基づいて作品を考察しています。ライオンは百獣の王とされており、強さの象徴です。その夢を老人が見ることにはどういう意味が込められているのか?興味深いメッセージが隠されていそうです。
また、作中の主人公以外の登場人物についても分析を行っています。たとえば、老人を慕い、良き話し相手である少年。年齢的には老人よりはるかに幼い存在ですが、老人に食べものを用意したり、漁の準備を手伝ったり、と作中では老人をサポートする母親のような存在でもあります。老人は、漁の最中でも「あの子がいてくれたらなあ」と何度も口にします。上垣教授は、この少年を主人公に設定して作品を眺めた場合の、作品の「見え方」についても考察しています。
小説は、ストーリーに沿って読むだけでも楽しいものですが、視点を変え、別の角度から読み解いていくと、その世界はさらに奥深いものになります。
上垣教授の専門はアメリカ文学。最近は、そこから日本文学にフィールドを広げ、比較文学の研究にも取り組んでいます。
ヘミングウェイと三島由紀夫との比較研究では、作家の出自や、マスメディアなどに対するアピールの方法など、二人の間に多くの共通点を見出しています。たとえば、作家が周囲に対し作り上げようとしていたイメージに、写真があります。ヘミングウェイのポートレート写真を見ればわかりますが、彼は猟銃を持ち、海や山などアウトドアを好むワイルドでマッチョな姿を数多く残しています。一方、三島由紀夫のポートレート写真にも、ボディビルで体を鍛え、日本刀を持ってポーズを決めるなど、マッチョで強いイメージを写したものが多くあります。両者とも自死によって生涯を閉じているほか、意外にも、同性愛のモチーフが盛り込まれた作品をいくつか残しています。上垣教授は、この二人の作家と作品に注目し、ジェンダーの観点からも比較研究を行っています。
また、志賀直哉との比較では、『城の崎にて』で描かれる主人公の「自分」と、ヘミングウェイの『武器よさらば』で描かれる主人公「イタリア兵」の生きざまについて考察を深めています。文化的な背景や創作スタイルの異なる二人の作家が描いた作品に登場する、それぞれの主人公たち。上垣教授は、彼らの自暴自棄な死生観には、共通性があると指摘しています。
短い言葉で気持ちをやりとりするメッセージアプリは、現代生活に欠かせません。思えば、昔の人も短歌の三十一文字で思いを伝えあっていました。文学の始まりは、互いの心を伝え、探り合うことだったのかも知れません。
有名な文学作品に限らず、構えることなく興味を持った作品から読んでいけば、文学は人の心を理解する強力なツールになってくれそうです。
各種取材や研究に関することなど、
お気軽にお問い合わせください