HARADA Toru
数理科学教育研究センター 教授
大学院 工学研究科 先端理工学コース 教授
理学博士
北海道大学
奇妙さ(ストレンジネス)を含む原子核・ハドロン生成の核反応・中性子星などの高密度核物質の理論的研究 / 原子核物理学 / 理論物理学
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列車やバスを乗り継ぎながら、見知らぬ地方の町へ妻と二人でよく旅行に出かけます。最近印象に残っているのは、指宿の温泉、竹田の城跡、飛騨古川の神社など。旅行は行先や食事処など全て私が計画し、妻は目的地など何も知らないまま出かけるのを楽しんでくれています。

寿命わずか100億分の1秒の「ハイパー核」に 
宇宙の謎を解く鍵が潜んでいる!?

物質の世界を見つめていくと、クォークというミクロな粒子(素粒子)にまで行きつきます。自然界では珍しいストレンジクォークを含む原子核を「ハイパー核(=奇妙な原子核)」といいます。その寿命はわずか100億分の1秒ですが、加速器を使って人工的に作ることができます。
原田教授は、これらのハイパー核を研究することで、原子核の成り立ちの解明をめざしています。このテーマは、宇宙に存在する「中性子星」の謎の解明にも関わっています。

原子よりさらにミクロな物質の世界 
Σ粒子を含むシグマハイパー核とは?

物質の世界は分子からできています。分子は原子から、原子は電子と原子核から、原子核は陽子と中性子からできています。その陽子と中性子もクォークという素粒子からできています。クォークには、 u(アップ)・d(ダウン)・s(ストレンジ)・c(チャーム)・b(ボトム)・t(トップ)の6種類があります。陽子と中性子は、uとdのクォーク3つで構成されたバリオンと呼ばれる複合粒子です。さらに「ストレンジネス」を持つクォーク(=ストレンジクォーク)を含むバリオンもあり、「ハイペロン」と呼ばれています。ハイペロンは自然界に普通は存在することはなく、稀にあったとしても100億分の1秒という極めて短時間しか存在できません。そんなハイペロンと陽子・中性子から構成される原子核は、「ハイパー核」と呼ばれています。このようなミクロな粒子(量子)は量子力学という自然の法則によって性質や運動が決められており、 ハイパー核は興味深い量子多体系なのです。

原田教授は、ハイパー核にどんな性質があるのか、それをどうやって実験的に作り出すのかを理論物理学の立場から研究しています。なかでもΣ(シグマ)粒子というハイペロンを含む研究では、その発展に貢献してきました。原田教授は大学院時代の論文でシグマハイパー核が存在することを先駆けて理論的に予言し、その後の実験によって、その論文の正しさが確かめられています。

物質を構成する素粒子には3つの世代があり、クォークとレプトンのグループに分けられる。クォーク3つで構成される粒子をバリオンと呼び、陽子や中性子はバリオンの仲間。陽子はアップ(u)クォーク2つとダウン(d)クォーク1つで、中性子はuクォーク1つとdクォーク2つで構成されている。さらにバリオンの仲間で、ストレンジ(s) クォーク1つ、uクォーク1つとdクォーク1つで構成されるラムダ粒子などはハイペロンという
バリオン(重粒子)は、構成する3つのクォークの組合せのほか、スピンやアイソスピン(I3)、ストレンジネス(S )、パリティなどの量子数で区別される。スピン1/2+のバリオンは陽子や中性子とともに8種類の粒子からなり(バリオン8重項)、sクォークを含むラムダ(Λ)粒子、シグマ(Σ、Σ、Σ)粒子、グザイ(Ξ、Ξ0)粒子は、ハイペロンと総称される
原子核は強い力(核力)によって陽子と中性子から構成される。ハイペロンを含む原子核をハイパー核とよぶ。ハイペロン1つを含むハイパー核(ラムダハイパー核、シグマハイパー核など)のほかに、ハイペロン2つ含むダブルハイパー核も発見されている

ハイパー核の解明は
宇宙の成り立ちの解明にもつながる!?

ハイパー核は、J-PARCなどの加速器を使って人工的に作ることができます。実験の測定値から原子核内に作られたハイペロンの振る舞いを調べることができます。ハイペロンには、原子核の奥深くに潜り込むことができるという興味深い性質があります。このため、原子核の中の様子を探る「探針(プロープ)」として利用することができます。さらにバリオン間にはたらく力(核力)の解明にも役立ちます。原子核からなる物質(核物質)はストレンジネスという異粒子が入ることで、通常のものと違った振る舞いを示します。ストレンジネスを手掛かりに核物質の解明を目指す物理学の研究分野を「ストレンジネス核物理」と呼んでいます。最近の研究では、宇宙で数多く発見されている「中性子星」も研究対象になっています。

中性子星とは、太陽の8倍以上の質量を持つ恒星超新星爆発を起こした後の残骸の一種で、半径はわずか10kmなのに質量は太陽とほぼ同じという、とてつもなく重い星です。中性子星が重いのは、重力によって極限まで圧縮されることで、電子が飛んで分子構造はなくなり、陽子と中性子がそのまま塊になった高密度核物質だからです。そんな高密度な中性子星物質の内部にはハイペロンが混在していると考えられており、中性子星はまさに巨大なハイパー核といえます。

ところが2010年頃から、観測技術の発達により太陽の2倍の質量を超える中性子星が発見されるようになりました。本来なら、理論上は重力崩壊を起こしてブラックホールになると考えられていたものが、明らかに中性子星として存在しているというのです。これは「ハイペロン・パズル」と呼ばれており、現在の物理学では説明できない超難問とされています。この難問を解く鍵は、原田教授の研究テーマである「ハイパー核」や「ストレンジネス核物理」の持つ未知の性質にあるのかもしれません。研究の最前線では、理論・実験・観測を担う多くの研究者が相互に交流し、情報を共有して研究に取り組んでいます。ミクロな世界のハドロン・原子核の研究も壮大な宇宙創成などの物理学と結びついており、それぞれの研究の中から新たな知見が得られています。

中性子星と大阪市とのサイズの比較
中性子星は、太陽の8倍以上の質量を持つ恒星が超新星爆発を起こした後に中心に残骸としてできる星である。その半径はわずか約10 kmでありながら質量は太陽とほぼ同じであるため、角砂糖1つの大きさで約10億トンにも達する高密度核物質なのだ。近年約3000個も発見されているパルサーは、0.1~1秒の周期で規則正しく電磁波を放射している天体であり、強磁場をもって高速に自転する中性子星と考えられている

ストレンジネス核物理には
人類の知識を覆す理論が潜んでいるかも!?

研究の最前線では、現代の人類が獲得してきた知識(理論)では説明することのできない現象(実験や観測)にたびたび遭遇します。中性子星のハイペロン・パズルもそのひとつです。そんな難問を解く鍵は、現象の中にひそむ未知の性質を理論的に解明することにあります。
原田教授のテーマであるハイパー核の研究にも、物理学の常識を覆すような発見(理論)が潜んでいるかもしれません。理論物理学が持つ「創造力」に期待しています。

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