スポーツ活動や学校体育などで行う運動は、強制されてする場合と自発的にする場合とでは、どちらがより効果的なのでしょうか。興味深いこのテーマは、これまで本格的に研究されていませんでした。
松長特任講師は、自らの体操選手としての実体験からこの問題に興味を持ち、実際にラットによる動物実験でその解明に取り組んでいます。
部活動や地域リーグほか、何らかのスポーツに打ち込んだ経験のある人なら、誰もが直面するのが「モチベーション」の問題です。上達するには練習は不可欠ですが、その練習を持続させるために、さまざまな工夫が必要です。
ひとつは、練習をせざるを得ない環境に身を置くこと。厳しい指導者が次々に練習メニューを提供してくるような部活動なら、やる気がない時でもとりあえず参加すれば強制的に練習することになります。もうひとつは、選手自身が自分の中に目標を設定し、その目標を達成するために練習に取り組むというアプローチです。これは達成へのプロセス自体がやる気につながっているので、自発的な練習となります。
松長特任講師は、大学時代に部活動がしたくて体操部に入部。ところが、スポーツ推薦で名門校から入部した部員ほど、練習に来なくなるという姿を見てきました。彼らは高校時代に過酷な練習をして、様々な大会で勝ち抜いてきた人たちです。恵まれた状況であるにも関わらず興味を失ってゆく彼らの姿に、現実を突きつけられた松長特任講師は「強制的に練習させられると、自由になった時に練習ができなくなるのではないか?」「どうしたら主体的に動ける人間になれるのか?」という問いを抱くように。大学院時代からは、条件付けを明確にできるラットを使った動物実験で、この命題に取り組んでいます。
運動に注目した場合、人間では「自発」「強制」の線引きが難しい部分があります。また、本音とタテマエ・体裁の使い分けなど、評価も難しくなります。こうした複雑性をなくし、指標を明確化できるのが動物の行動評価です。
例えば、これまでの研究で、 自発的に走り続けたラットは、新しい環境に放たれた時に活動的に真ん中に出てきた一方で、 強制的に走らされ続けたラットは、新しい環境に放たれた時にビクビクして空間の隅っこに留まることがわかりました。このビクビクする行動は不安と関連があるため、現在「強制的な運動グループ」のラットの脳内で何が起きているのかを研究中。松長特任講師が注目しているのは、神経伝達物質「セロトニン」。幸せホルモンとも呼ばれ、減少すると向上心の低下や疲労等につながるといわれています。
ラットの実験結果をどこまで人間に置き換えられるか?というハードルはありますが、強制的な運動を強いられることが「運動嫌い」「スポーツ嫌い」につながるという可能性があることは確かなようです。こうした結果は、「運動好きを育てる」新しい教育指標を実現する上で、大きな手がかりになりそうです。
自発的行動のメカニズムを解明することは、複雑な要素が絡み合っているためかなり難しいかもしれません。しかし、強制的な運動をさせないことで主体性が下がることを予防できれば、相対的に自発的行動をするチャンスが広がります。この研究が進むことで、今後の体育教育は、劇的に変わるかもしれません。
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