健康寿命を延ばすには日ごろの運動習慣が大事と言われていますが、身体を動かすのがおっくうな人も少なくありません。
堀井准教授は、運動やスポーツをしたいというモチベーションはどこから生まれるのかを研究。運動意欲形成のモデル構築や、複雑に絡み合う要因の影響度の予測に挑んでいます。
時間があるときにジムに通ったり週末にジョギングをしたり、日ごろから身体を動かしている人は、そのモチベーションをいつ、どんなふうに得ているのでしょうか。家族が運動好きだったとか、クラブや部活の経験がある、体調や体型の変化が気になってなど、身体を動かしている背景には千差万別のきっかけや経験があるでしょう。もしかしたら、自分も気づいていない何かが運動意欲につながっているのかもしれません。
堀井准教授の研究テーマは、スポーツ心理学。運動意欲がどのように形成されるのか、心理学的な調査統計分析からその仕組みを明らかにし、モデル化しようと考えています。アンケート調査の選択肢などから得られる量的データに、自由回答やインタビューなどから得られる質的データも加えてより精緻な分析を試みています。従来、質的データは数値化するのが難しいとされてきましたが、AIに活用されている自然言語処理の技術が発達して、状況は変わってきています。
堀井准教授は「身体活動に対する動機づけを高めたこと」について自由に書いてもらったアンケート結果を、自然言語処理の一手法であるトピックモデル分析を用いて分析しています。トピックとは主題-テーマのこと。トピックモデルは、テキストデータに含まれる潜在的な意味を解析する統計的な手法です。中でも有名なのがLDAという手法。文書内に同時に出現する単語の出現パターンを分析しトピックを識別する分析法です。この手法は、文書における単語の出現頻度を単純に加算するのではなく、潜在変数によって単語の多義性をモデル化して解析するところが特徴です。たとえば、いくつかの文書に複数の「パスする」が出現した場合でも、それぞれの文脈から「スポーツ」「試験」「行事参加」等の意味の違いによって別のトピックを構成します。
堀井准教授は、このトピックモデルの手法を使ってスポーツをする人たちのモチベーションが何であるのか。どこから来ているのかを探り出そうとしています。
また、量的データを得られる選択肢のあるアンケート調査結果についても、新たな分析手法を取り入れています。運動に対する欲求や志向、家族や友人、運動・スポーツ仲間などとの関係について聞いたアンケートのデータを、近年注目されているベイズ統計学の考え方を使って分析しました。
ベイズ統計学は、ある事象のデータ分析による不確実性を確率によって定量化して評価し、新しい結果が収集されるたびに計算し直して確率を更新していくものです。通常の統計学が原因から結果を予測するのとは逆に、結果が特定の原因や条件に関連している確率を計算する点が特徴です。
一般的な条件付き確率は、Aが観測された条件の下でBが観測される確率として、この式ように表現されて時間の経過に沿って計算されます。
これが、ベイズの定理では、未知であっても本来すでに決まっているAの確率に焦点を当て、時間の流れに逆らって計算します。
ごく単純化した例で言うと、「運動習慣が形成されたとき、その原因がスポーツ観戦である確率」を導く方法です。
アンケート調査の分析からは、運動意欲の形成過程には家族からの影響より友人や部活動の影響が大きい傾向が見られ、友人からの影響には男女差があることが示唆されました。男性は一緒に遊ぶなど経験を共有することで同等・同質性を重視し、女性は行動や趣味を共にすることで親密さを確認する交友関係のあり方が浮かび上がりました。こうした分析は、運動・スポーツへの意欲を高める心理的な支援や手助けのあり方を考えるのに役立ちます。
堀井准教授は、この研究の目的として、運動をすることと意欲の高まりとの因果関係を統計的に探り、運動意欲が形成されるプロセスを明らかにすることを挙げています。運動意欲を高める要因ごとに影響の強さを予測することで、運動が習慣化するための提案につなげていきたいと考えています。
人びとの行動や、そこに第三者が介入した影響は、その前と後のデータを比較するだけでは判断できません。ある暑い日にアイスがよく売れても、たまたま安売りのせいかもしれません。データ分析の世界では、結果と原因の間に本当に因果関係があるかどうかを統計学的に確かめる手法が研究されています。
運動のモチベーションは長らく研究されてきたテーマ。データを使って因果関係を推論する技術を応用することで人間とスポーツとの関係をよりよくすることが期待されます。
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