バブル経済の崩壊後「就職氷河期」が続いた日本。当時、若者の就職問題や支援に関して世界で最も手厚い調査-研究がおこなわれていたのがイギリスでした。レスター大学(イギリス)の研究所で客員教授としてこの研究に携わって以来、イギリスへの渡航は40回以上にのぼります。共同研究を通じて多くの友人を得たことは、研究成果だけでなく人生を豊かにしてくれています。
1990年代初頭まで、多くの日本の若者は、学校を卒業してすぐに安定した仕事に就き定着することができており、この状況は国際的に高く評価されていました。しかしバブル経済の崩壊以降、状況は一変。多くの若者が失業や非正規雇用を繰り返し、安定した仕事にたどり着けない状況に陥ります。以降フリーターやニートなど大きな社会問題となり、政府は今も対策に苦慮しています。
佐野教授は、こうした若者の就職といった社会問題の解決に向け、その背景にある社会構造的要因の究明を中心としたの実証的研究を進めています。
若者のこうした移行危機を、日本よりずっと以前から経験していた欧米では、若者の歩みをライフコースという長期的視点で捉える縦断的な調査が豊富に蓄積されており、その正確な実態調査に基づいた、就労支援にとどまらない若者への様々な包括的支援が積極的に展開されていました。
佐野教授は、2000年に「若者の学校から仕事への移行」研究の最も豊かな蓄積のあるイギリスのレスター大学(労働市場研究所)で客員教授として1年間共同研究に携わり、以降、国内外の研究者と精力的に共同研究を続けています。
イギリスでの研究経験をもとに、日本でも本格的な移行調査を行おうということになり、乾章夫教授(東京都立大学)を代表に「若者の教育とキャリア形成に関する調査」計画を立ち上げた際には、その調査の設計と実施を担いました。この調査は、2007年、当時20歳の約2000人の若者を対象に、一人ひとりの教育・職業・生活の歩みを5年間にわたって追跡。対象者を固定し継続的に追跡する縦断的調査で、日本初の詳細な動向を全国規模で把握するものでした。佐野教授らは、この結果をもとに日本で必要な若者支援の在り方を検討することを目指しました。
等しく教育を受ける権利や職業選択の自由が保障されている国々では、学力や学歴などの教育の成果や、よい仕事に就くチャンスも、本人の努力や才能次第だと考えられがちです。しかし、「教育から仕事への移行」研究が土台としてきた多くの縦断的調査によって、若者たちのたどるライフコースの現実は、本人の努力や才能の及ばない、ジェンダー、人種、家庭環境、生育地域、とりわけ、親の経済社会的地位、学歴により大きく左右されていることを明らかにしてきました。恵まれた者はますますライフチャンスが広がり、恵まれないものは、厳しい状況に追いやられると。
現在、ネット上で広まっている「親ガチャ」という自虐的なスラングが示す状況は、イギリスでも日本でもますます現実味を帯び、深刻化しつつあります。教育格差や就職格差に対処するためには、本人への動機づけだけでなく、構造的な格差そのものへの対処、とりわけ拡大する貧困問題への抜本的対策が必要だという主張は、現実をリアルにとらえた実態調査、実証研究によって裏付けられています。
2000年以来、イギリスのレスター大学やロンドン大学との共同研究も進めてきた佐野教授は、現地での協力を得ながら、独自に義務教育終了後にアカデミックな中等学校ではなく、主に職業教育を提供する「継続教育カレッジ」に学ぶ16―18歳の若者に焦点を当てた移行調査も実施。イギリスのカレッジは、内容的には日本でいう職業高校や専門学校に類似しています。恵まれない家庭環境に育ったり、成績が振るわなかった若者が選択することが多い教育機関です。
不利な環境で生まれ育った彼らが経験する格差や不平等の問題を明らかにする一方で、逆境にあっても将来への目的志向や自己肯定感が高く、成績やその後の仕事への移行を成功裏に遂げる若者にも注目しています。これらの若者は心理学や社会学ではレジリエンスが高いと捉えられます。このレジリエンスを高め、不利な状況を埋め合わせる保護資源や代替資源が何によってもたらされるのかを明らかにしようとしています。
日本の相対的貧困率は先進国の中では極めて高く、特にひとり親世帯の貧困率は最悪の状況にあります。こうした子どもは、新しい服を買ってもらったり、家族旅行の経験がなかったり、塾や習い事に通えないことが多くあります。さらに、大学に行きたくても行けないため、安定した良い仕事に就けないなど、幼いうちから様々なハンディを繰り返し経験し、その結果、自己肯定感や将来の夢や希望すら持てなくなってしまいます。
その深刻さと解決策を明らかにする佐野教授の研究は、未来を変えるための大切な第一歩なのです。
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