NAKASATOMI Hiroshi
共通教育機構 人間科学教育研究センター 教授
修士(法学)
名古屋大学
平等理論 / 性暴力表現規制論 / 非暴力平和主義論

映画はジャンルを問わず何でも観ます。最長視聴記録は、学生時代の2本立て×3回。おすすめの邦画は山中貞雄監督の『丹下左膳余話 百万両の壺』、洋画はリバー・フェニックス主演の『旅立ちの時』です。運動不足解消に犬の散歩を日課にしています。

売買春、性風俗、ポルノ 
人権という視点から性の売買を考える

私たちの暮らす日本社会では、性が商品として扱われ、さまざまな形で売買されています。こうした性産業の代表的なものが売買春とポルノグラフィです。
中里見教授は、性産業に「人権」と「性差別」という視点からアプローチしています。性に対する人権意識が高まれば、社会は変わる――北欧など、人権先進国で行われた法整備と性犯罪の減少を根拠に、啓発に努めています。

ホストにハマり、借金返済のために性産業へ
背景にあるのは、女性から搾取するしくみ

最近、都市部で若い女性が路上に立ち、性的目的で近づく男性客を待つ問題(「立ちんぼ」などと蔑んで呼ばれています)がクローズアップされています。中里見教授は、この現象の背景には「搾取のしくみ」があり、摘発される女性は「構造的被害者」であると指摘します。

性を売る女性の中には、擬似恋愛や承認欲求を満たすためにホストクラブに通い、強引な営業により高額な借金を負わされている人がいます。その返済のために路上に立ち、性風俗店に勤務し、AV(アダルトビデオ)に出演します。このホストクラブや性風俗店、AV制作販売会社の経営者は裏で一体化していて、接点を持った女性は性を売る仕事を強要され、経済的に搾取され続けることになります。

日本の「売春防止法」では売春行為そのものに罰則はありませんが、第5条「公然売春勧誘罪」として公衆の目にふれる場で売春の勧誘をした者が罰されます。売り手である女性はこの罪で摘発されるのに、買い手の男性の買春勧誘行為は罰せられることがなく、明らかにバランスを欠いた状態です。

この売り手の勧誘罪は、日本も加盟する国際条約「人身売買及び売春からの搾取の禁止に関する条約(1951年発効)」の内容と矛盾した状態が続いています。性売買の問題で前進した点は、2022年に「困難女性支援法」が成立し、性を売る女性を道徳的に非難するのではなく、暴力や差別の被害者として支援する考え方が導入されたことです。

1956年に制定された売春防止法が初めて大きく改正され、5条違反の女性に対する補導処分を定めた第3章が削除され、売春するおそれのある女性の保護制度(第4章)は、「困難女性支援法」に発展解消された
困難を抱えた女性に対する支援を定めた法律。さまざまな暴力や貧困などを抱えた女性とともに、性を売る女性も被害者として支援されることになった

性産業を合法化した国の状況は悪化 
一度合法化すると元に戻すことは難しい

中里見教授は、日本社会での性産業への批判力はかつてより衰退しているといいます。1970年代には買春やポルノへの強い批判がありましたが、今では成功したごく少数の売り手女性を演出することで、業界の問題が見えづらくなっているのです。性産業の中の大多数の女性は、傷つき、人生を破壊されて声を上げることもできないでいます。

性産業の中の女性が置かれた状況をよくするという触れ込みで1990年代に台頭したのが「セックスワーク論」です。性産業で働く女性を「労働者」として扱い、働く女性の権利を守ろうという動きでした。この流れで、それまで違法だった業者の営業が合法化された国があります。

合法化された国で権利が拡大したのは性産業を営む業者と買春者でした。守られるはずだった売り手の女性は、競争に勝つために過剰で、危険で、屈辱的なサービスを強要され、状況は以前より悪化しました。合法化は失敗だったと認めた国もあります。

しかし、日本の公娼制度が戦後にともなうGHQの指令によってようやく廃止されたように、一度合法化した性売買産業を廃止するのは非常に困難です。そして、この問題がやっかいなのは、経済発展した性産業はやがて大きな権力体となって政治と結びついてしまうからです。性産業で働く女性の多くは移民であり、問題が複雑化するのです。

中里見教授は「セックスワーク論」に異論を唱えます。性はお金で買われることによって、人権を侵害される領域。これからの時代を生きる私たちには、買春は性暴力だ、という認識が必要です。この、新たな人権意識に基づいて買春罪を導入した国は、人権先進国だけでなく7か国3地域に増えてきています。

日本の「AV新法に反対するアクション」@新宿駅前(2022年5月22日)

買春罪を導入した国は、意識が変わる!
性への意識の変化がジェンダーへの価値観の変化に!

現在、買春罪が導入されているスウェーデン。導入前は反対派の人の方が多かったのに、導入後は特に若い世代で賛成派が増え、賛成多数へと逆転したそうです。
買春罪が制定されれば、性産業は縮小します。同時に、性産業が発信してきた「女性を過度に性的対象として評価する」価値観は変わり、事実、導入国では性暴力が縮小・減少傾向に変わりつつあります。

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